信じているかも知れぬ。又、宿命的な何かによって、狂気にちかい恋心をたしかに私にいだいているかも知れない。
 然し、彼女をひきとめている力がある。彼女の真実の眼も心も、私のすむこの現実に定着して、それが実際の評価の規準となっている。彼女は叫んだ。
「私は女流作家然とみすぼらしい虚名なんかに安んじて、日本なんかに、オダテラレ、甘やかされて、いゝ気になっていたいなどゝ思ってはいないんです」
 そして、日本も、又、すべてのものを捨てゝ、満洲へ行ってしまいたいのだ、という。
 嘘だ。大嘘、マッカな嘘である。
 私は冷めたく考えた。事実、私は卑屈そのものでもあった。彼女の心は語っている。私の貧困と、私の無能力が、みすぼらしくて不潔だ、と。よろしい。私は卑屈に、うけいれる。じっさい、私は不潔で、みすぼらしい魂の人間なんだ。然し、そういうあなたの本心はどうだ。あなたこそ、小さな虚しい盛名に縋りついているんじゃないか。その盛名が生きがいなんだ。虚栄なんだ。見栄なんだ。その虚栄が、恋心にも拘らず、私の現実を承認できないのじゃないか。
 名声も、日本も、すべてを捨てゝ、満洲へ去りたいなどゝ虚栄児にも時には孤
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