たに相違ない。
私たちは、三十分か、長くて一時間ぐらい対座して、たったそれだけで、十年も睨みあったように、疲れきっていた。別れぎわの二人の顔は、私は私の顔を見ることは出来ないけれども、あなたのヒドイ疲れ方にくらべて、それ以下であったとは思わない。あなたはお婆さんになったように、やつれ、黙りこみ、円タクにのって、その車が走りだすとき、鉛色の目で私を見つめて、もう我慢ができないように、目をとじて、去ってしまう。
別れたあとでは、二十七のあのころと同じように、苦痛であった。然し、対座している最中の疲れは、さらにヒドイものであった。会うたびに、私たちは、別れることを急いだものだ。
★
矢田津世子と最後に会った日は、あの日である。たそがれに別れたのだが、あのときはまだ雪は降っていなかったようだ。
その日は速達か何かで、御馳走したいから二時だか三時だか、帝大前のフランス料理店へ来てくれという、そこで食事をして、私は少し酒をのんだ。薄暗い料理屋であった。
私は決して酔っていなかった。その日は、速達をもらった時から、私は決意していたのである。
私は、矢田津世子に暴力を加えても、と思い決していた。むしろ、同意をもとめて、変にクズレた、ウワズッたヤリトリなどをしたくはなかった。問答無用、と私は考えていたのだ。
食事中は、そのことは翳にも見せず、何やら話していた筈であるが、もともと私たちの話はいつも最も不器用にしか出来ないところへ、そういう下心があっては、それが相手に感づかれずにいるものではない。
下心を知り合って、二人は困りきっていた。私は矢田津世子が私の下心を見ぬいたことを知っていたし、それに対して、色々に心を働かせていることを見抜いていた。
私は矢田津世子と対座するたびに、いつも、鉄の壁のような抵抗を感じていた。彼女も、同じものを私から感じていたであろう。
鉄の壁の抵抗とは、矢田津世子が肉体を拒否しているということではない。その点は、むしろ、アベコベなのだ。
私たちはお互に、肉体以上のものを知り合っていた。肉体は蛇足のようなものであった。
私たちはすでに肉体以上のものを与え合っていた。肉体を拒否するイワレは何もない。肉体から先のものを与え合い、肉体以後の憎しみや蔑みがすぐ始っていたのだ。
私はすでに「いづこへ」の女を通して、矢田津世
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