た。そんな努力を払ったのは、後にも先にも、私一人に対してゞあったかも知れない。然し、努力であったことに変りはない。そうしながら、あなたは、私を憎み、卑しみ、蔑んでいたのである。変なくずれた甘さを見せかけるために、あなたの憎しみや卑しめや蔑みは、狂的に醗酵して、私の胸をめがけて食いこんでいた。
 あなたとても、同じことであったろう。然し、私はあなたを天才だなどとは言わなかった。才媛とすらも言わなかった。私には、余裕がなかった。然し、あなたを唯一の思いつめた恋人であるということは、たしかに言った。全ての心をあげて、叫ぶように言った。たしかに、そうだと信じていたのだから。そのくせ、それを叫ぶ瞬間には、私はいつもそれがニセモノであることに気がついて、まごつき、混乱し、その間の悪さ、恰好のつかなさ、空虚さに、ゲンナリしてしまったものだ。その間の悪さは、何か私が色魔で、現にあなたをタブラカシつつあるように、私自身に思わせたりしたが、それはつまり私が役者でなかったせいで、あらゆる余裕がなかったせいに外ならない。然し、それがあなたに与えた打撃は、ひどかったに相違ない。あなたは、私に、最も大きな辱しめを受け、卑しめられていると思ったであろう。あなたはすでに大人ではあったが、私のそれが、私が役者でないせいで、余裕のないせいであるということを見破るほどの大人ではなかった。あなたも、恋の技術家ではなかったのである。
 私が必死であったように、あなたの変に甘えたクズレも必死で、あなたが役者でなく、余裕のないせいであったかも知れない。その判断をつける自信は、今もなければ、未来もないに相違ない。
 然し、クズレた甘さというものは、キチガイめくものがあった。滑車が、ふとすべりだして、とまらなくて、自分でどうすることもできないようなダラシなさがあった。それは瞬間であった。その次には、もう、あなたは私を更に狂的な底意をこめて、憎しみ、卑しめ、蔑んでいたのだ。
 あなたのクズレた甘さときては、全然不手際な接木《つぎき》のように、だしぬけに猫の鳴声のような甘え方を見せるのだ。その白痴めく甘さと、キチガイの底意をこめた憎しみ卑しめ蔑みに、私はモミクチャに飜弄された。あなたに飜弄の意志はなくとも、私の受けるものは飜弄のみであった。
 同じことを、あなたは私に対しても、言い、叫びたいであろう。あなたも、私を呪っ
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