つて頑強に言ひ張つたけれども、処女であつたと思ふ。日本橋にウヰンザアといふ芸術家相手の洋酒屋ができて、そこの女給であつたが、店内装飾は青山二郎で、牧野信一、小林秀雄、中島健蔵、河上徹太郎、かう顔ぶれを思ひだすと、これは当時の私の文学グループで、春陽堂から「文科」といふ同人雑誌をだしてゐた、結局その同人だけになつてしまふが、そのほか中原中也と知つたのがこの店であつた。直木三十五が来てゐた。あの当時の文士は一城をまもつて虎視眈々、知らない同業者には顔もふりむけないから、誰が来てゐたかあとは知らない。
中原中也は、十七の娘が好きであつたが、娘の方は私が好きであつたから中也はかねて恨みを結んでゐて、ある晩のこと、彼は隣席の私に向つて、やいヘゲモニー、と叫んで立上つて、突然殴りかゝつたけれども、四尺七寸ぐらゐの小男で私が大男だから怖れて近づかず、一|米《メートル》ぐらゐ離れたところで盛にフットワークよろしく左右のストレートをくりだし、時にスウ※[#小書き片仮名ヰ、143−12]ングやアッパーカットを閃かしてゐる。私が大笑ひしたのは申すまでもない。五分ぐらゐ一人で格闘して中也は狐につまゝれたやう
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