知れないのだがね……」
これはもう人生的な笑話で、べつだん腹は立たない。
昔私と関係のあつた一人の女はまだ十七だと云ふのにひどく文字を知つてゐて、私の小説の誤字を一々指摘するのには、感心するよりも、私自身があんまり文字を知らないのに呆れ返つたことがあつた。又もうひとりの女は字の下手なのを見せるのが厭で、手紙は必ず妹に代筆させるならひであつたが、代筆の便がないときには必ず用件を電報で打つので私はひどく腹が立つたが、いくら私が怒つてみても字を見られるのはいやと見え、たうとう電報を打ちとほしてしまつた。
「青い馬」といふ同人雑誌をやつてゐたとき、葛巻義敏と喧嘩した。すると葛巻から僕の怒りは誤解だといふ説明をかいた手紙がきた。葛巻は芥川龍之介の甥で又その影響を最も強く受けて居り、殊に簡潔(サンプリシテ)を説くコクトオの研究家でもあるくせに、文章の綿々たる冗漫さといつたら私の比ではないのである。このときの手紙は原稿紙に百数十枚、切手が四十何銭か五十何銭はりつけてあつた。あんまり退屈だと思つたら読まずに棄ててしまつていい、自分はただ書かなければならなかつた、と断り書がしてあつたが私は足掛二日か
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