かつて読んだ。私の手紙も時々ひどく長いけれど、こんなケタ外れの大物は書いたためしがない。
「人生は手紙ですよ。手紙のやうだと言ふのではないのです。人生は手紙なんです。手紙を書かうとする心の中には、生きたい希ひも、高潔でありたい希ひも秘められてゐます。光に面した正しい人生を暗示するものは手紙を書きたい思ひなんです。手紙を書くことを忘れた人は、それはもう光に背中を向けた陋劣な現実家、一匹のうごめく虫にすぎません」
 と私のある作中の若い人物が言つてゐる。その意見が私のものであるかどうかは、全く私の答へる責任のないことであるが、観念的な人物ほど長い手紙を書くらしく、実務家は手紙が短い。私の友人はめつたに手紙を書かないけれどみんな長い手紙を書く傾向の人達で、手紙の短い人達とはどうも友達になれないたちのやうである。



底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
   1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「中外商業新聞」
   1936(昭和11)年12月24日〜26日
初出:「中外商業新聞」
   1936(昭和11)年12月24日〜26日
入力:tatsuki
校正:今井忠夫
2005年12月10日作成
2007年11月17日修正
青空文庫作成ファイル:
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