た。ニコライ堂を背にして何遍となく警官と口論した鮮明な思ひ出もあり、公園の中や神楽坂やお濠端等々。けれども忘れることのできないのは、四谷見付から信濃町へ御所の裏門を通る道で訊問を受けたことであつた。
 夕暮れで人通りが殆んどなかつた。そのとき一人の警官と擦れちがつた。警官は金ピカの肩章やうのものをつけてゐて顔なども老成のあとがあり、平巡査ではなく、署長程度の人ではないかと思はれた。巡回の途次ではなくて、家路へ急ぐとでもいふ風であつた。従而《したがって》、さういふ途次に目をつけて訊問せずにゐられなかつたといふ訳だから、嫌疑が深くて、いつかな放してくれなかつた。
 高木は何事も私にまかすといふ風があるのに、かういふ時だけは私を抑へて頻りに答弁するのである。その理由は私の答弁が無礼そのもので警官の反感をかひやすいからだといふのであるが、高木は小柄で色白のひよわな貴公子の風がありながら、音声が太く低くて、開き直つて喋る時は落着払つてゐて洵《まこと》に不逞の感を与へる。代り栄えがしないのである。
 私達は道端の電柱の下へ自然に寄つた。私は言葉を封じられて退屈して何本となく煙草を吸ひ、右を走る電車
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