」
天女は張りつめた力もくずれ、しくしく泣きだした。
大納言はそれを眺めて、満悦のためにだらしなくとろけた顔をにたにたさせて、喉を鳴らした。
天女の裳裾《もすそ》をとりあげて、泥を払ってやるふりをして、不思議な香気をたのしんだ。
「これさ。御案じなさることはありますまい。とって食おうとは申しませぬ」
大納言は食指をしゃぶって、意地悪く、天女の素足をつついた。泣きくれながら、本能的にあとずさり、すくみ、ふるえる天女の姿態を満喫して、しびれる官能をたのしんだ。
「とにかく、この山中では、打解けて話もできますまい。はじめて下界へお降りあそばしたこととて、心細さがひとしおとは察せられますが、それとてもこの世のならいによれば、忘れという魔者の使いが、一夜のうちに涙をふいてくれる筈。お望みならば、月の姫の御殿に劣らぬお住居もつくらせましょう。おや、知らないうちに、月もだいぶ上ったようです。まず、そろそろと、めあての家へ参ることに致しましょう」
大納言は天女のかいなを執り、ひきおこした。
天女は嘆き悲しんだが、大納言の決意の前には、及ばなかった。
大納言の言葉のままに、彼の召使う者の棲
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