とは聞き及びましたが、空飛びの大納言は珍聞です」と、大納言はにやにやした。「すらりとしたあなたならばいざ知らず、猪のようにふとった私が空を翔けても、とんと風味がありますまい。私は、こうして、京のおちこちを歩くだけで沢山です。唐、天竺《てんじく》の女のことまで気にかかっては、眠るいとまもありますまい。まあさ。郷に入っては郷に従えと云う通り、この国では、若い娘が男の顔をみるときは、笑顔をつくるものですよ」
大納言の官能は、したたか酩酊《めいてい》に及びはじめた。ふらりふらりと天女に近づき、片手で天女の片手をとり、片手で天女の頬っぺたを弾《はじ》きそうな様子であった。
天女は飛びのき、凜として、柳眉《りゅうび》を逆立てて、直立した。
「あとで悔いても及びませぬ。姫君のお仕置が怖しいとは思いませぬか」大納言を睨《にら》み、刺した。「月の国の仕返しを受けますよ」
「ワッハッハッハ。天つ乙女の軍勢が攻め寄せて来ますかな。いや、喜び勇んで一戦に応じましょう。一族郎党、さだめし勇み立って戦うことでありましょう。力つきれば、敗れることを悔いますまい。こうときまれば、愈《いよいよ》この笛は差上げられぬ
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