がすくみ、消えた。
すでに、すべてが、絶望だった。背筋を走る悲しさが、つきあげた。
「私はここで、今、死にます」大納言は絶叫した。「私が死んでいいのでしょうか! 私の命は、つゆ惜しいとは思いませぬ。残されたあなたは、どうなるのですか! せめて、ひとめ、あなたが、見たい! 人の一念が通るなら、水に顔をうつして下さい!」
大納言は水をみた。真赤な口をひらいた顔があるばかり。せせらぐたびに、赤い口もゆがんで、のびて、血が走り、さんさんと水は流れた。
私は、ここに、このような、あさましい姿となっているのです。しかも、あなたの悲しさの一分すらも、うすめることができずに。あなたは、いま、どこに、どのようにして、いられますか。もはや、お目覚めのことでしょうね。このうすぎたない地上でも、あなたの目覚めに、なお、いくらかは優しい慰めを与えたものがあったでしょうか。もう、郭公《かっこう》も、ほととぎすも、鳴く季節ではありません。せめて、うららかな天日が、夜の嘆きを、いくらか晴らしはしませんでしたか。また、一夜のねむりが、悲しさを、いくらか和《やわ》らげはしませんでしたか。ああ、どうしていいのか、私は
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