の山の端にかたむいていた。
無限の愛と悔いのみが、すべてであった。それはまた、心を万怒に狂わせた。あらゆる罰を受けるために、その身を岩に投げつけたいと思いもした。
「天よ。月よ。無道者の命を断とうとは思いませぬか」空に向って、彼は叫んだ。
「私はそれを怖れませぬ。あらゆる報いも、御意のままです。甘んじて、八つざきにもなりましょう。劫火《ごうか》に焼かれて死ぬことも、いといませぬ。ただ、私には、たったひとつの願いがあります。私は笛をとり返さねばなりません。いいえ、きっと、とり返して、あのひとの手に渡してやります。私は、それを果さぬ限り、死にきれませぬ。いかずちよ。あわれみたまえ。私は命を召されることを怖れているのではありませぬ。あのひとの笛をとって帰るまで、しばしの猶予を与えたまえ」
どのような手段もつくし、またどのような辛苦にも堪え、きっと小笛をとり返そうと彼は念じた。
彼の歩みは、小笛を奪われたその場所へ、自然に辿りついていた。
然し、谷あいの小径には、もはや盗人の影もなかった。
大納言は途方にくれたが、徒《いたず》らに迷う心は、もはや彼には許されていない。山の奥へとわけて
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