の歯科医を訪ねた。歯科医は、歯をひねくりまわしていたが、
「どうも、見当がつきませんな。私は死人の歯を治療したことがありませんから、なんとも云えませんが、これはたゞの偶然で、なんでもないことじゃありますまいか」
「このホトケはクビをくゝって自殺したのですが、死ぬ前に、歯にアブリダシで字を書いておいたら、骨になってから、こうなるのと違いますか」
「さア、どうでしょう。歯にアブリダシを書いた話はきいたことがありませんが、口の中は濡れているのが普通ですから、アブリダシを書いても流れて消えて失くなりはしませんか。これは何かの偶然でしょう。私は骨になった歯など見たことがないのですが、シサイに見たら、こんなのは例が多いのかも知れませんな」
「しかし、アブリダシということも考えられるでしょうな」
「和尚さん。バカバカしいじゃありませんか。子供じゃアあるまいし、頭をまるめたいい年寄が、アブリダシ、アブリダシって、ナニ云ってやがんだい。吾吉のバカ野郎の恨みがこもって、ここへ現れているんだよ。お経をケンヤクしやがるから、こんなことにならアね。どうもね、骨壺の騒ぎ方が、ひとかたならないと思いましたよ」
「よ
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