木ですよ。三十万ソノ子にとられたなんてウワゴト云ってやがったんですが、この野郎、何をぬかしやがるかと思っていたんですがね。まさかに、泥棒して貢いでいるとは気がつきませんでしたよ。あげくにソノ子と手に手をとって逐電しやがったんでしょう。バカな野郎でございます」
「吾吉はヤケクソでやったのさ。ソノ子と一緒ではあるまいな。あの子吾吉には鼻をひッかけないはずだよ」
「ヘエ、仰有《おっしゃ》いましたね。悟ったようなことを言いやがんない。このオタンコナスめ。けれども、和尚さん。私ゃ、どうしたら、いゝでしょうねえ」
「当人の行方が分らないのだから、ここで気をもんでも仕方がない。お前さんも女だてらにポンポン云うばッかりで思慮がないから、ロクな子供が育たない」
「へえ、悪うござんしたね。蛸坊主め、気どっていやがら。だけど、和尚さん、八卦《はっけ》かなんか立てゝ下さいな。あの野郎の襟クビふんづかまえて、蹴ッぽらかしてくれるから」
 漬物屋のオカミサンは、蹴ッぽらかすなどという異様な言葉で威勢のほどを示したが、警察へよびたてられる、新聞記者は押しかけるで、ムカッ腹を立てゝいたのである。
 ところがそれから十日目ぐらいに、五十万円使い果した吾吉は、サガミ湖の山林でクビをくくって死んでいた。盗んだ金の多くはバクチで失ったようであった。

          ★

「和尚さん。すみませんけど、あの野郎、まだ成仏ができないようですから、お経をあげて引導わたしてやって下さいな。夜中になると、骨壺がカタコト鳴りやがって、うるさくッて仕様がないんですよ」
「気のせいだよ。お前さんも神経衰弱になったんだろう。オカミサンに限って、あの病気にかからないと思っていたが、世の中は一寸先がわからないものだ」
「バカにしちゃ、いけないよ。あんなバカ野郎が一束クビをくゝりやがったって、私が神経衰弱なんかになるもんかね。和尚さんがお経を切りすてるから、あの野郎が成仏できないのよ」
「ちかごろは物覚えがわるくなってな。お経などゝいうものは、切りすてるほど味のでるものだ。いずれヒマの折にお経をつぎたしてあげるから、ゆっくり亡魂と語り合うのがよろしかろう」
「ふざけやがんな。オタンコナスめ」
 と、漬物屋のオカミサンは怒って帰って行ったが、一時間ほどすると、浮かない顔でやってきた。
「和尚さん。呆れかえって物が云えないやね。本当に亡魂がでゝきやがったんですよ」
「珍しいな。何か言ったか」
「そんなんじゃないんですよ。骨壺がガタガタ云うのもおかしいでしょう。廿日鼠かなんかいるんじゃないかと思いましてね。骨壺をあけて、調べてみたんですよ。新聞紙の上へザラザラぶちまけて掻き廻したんですが、変ったこともありませんやね。そのうち、なんの気なしに、歯のところを拾いあげたと思いなさい。あの野郎の前歯に数字が書いてあるんでさア。三十とね。私ゃ横文字が読めませんから分りませんが、宿六の野郎が生意気に横文字なんか読みやがって、三十だてえことなんです。呆れかえるじゃアありませんか。あの野郎、パンスケにふんだくられた三十万円の恨みが忘れかねているんですよ」
「どれ、その歯を見せてごらん」
 見ると、なるほど、茶色の模様のような筋がある。三十とよめないこともないが、ハッキリ三十というわけでもない。生前、歯に彫りつけたというわけではなく、書いたものがアブリダシで現れたようなアンバイである。
 将棋狂の和尚は探偵趣味もあるから一膝のりだして、
「ウム。よろし。拙僧が取り調べてあげるから、オカミサンも一緒にきてごらん」
 和尚は知りあいの歯科医を訪ねた。歯科医は、歯をひねくりまわしていたが、
「どうも、見当がつきませんな。私は死人の歯を治療したことがありませんから、なんとも云えませんが、これはたゞの偶然で、なんでもないことじゃありますまいか」
「このホトケはクビをくゝって自殺したのですが、死ぬ前に、歯にアブリダシで字を書いておいたら、骨になってから、こうなるのと違いますか」
「さア、どうでしょう。歯にアブリダシを書いた話はきいたことがありませんが、口の中は濡れているのが普通ですから、アブリダシを書いても流れて消えて失くなりはしませんか。これは何かの偶然でしょう。私は骨になった歯など見たことがないのですが、シサイに見たら、こんなのは例が多いのかも知れませんな」
「しかし、アブリダシということも考えられるでしょうな」
「和尚さん。バカバカしいじゃありませんか。子供じゃアあるまいし、頭をまるめたいい年寄が、アブリダシ、アブリダシって、ナニ云ってやがんだい。吾吉のバカ野郎の恨みがこもって、ここへ現れているんだよ。お経をケンヤクしやがるから、こんなことにならアね。どうもね、骨壺の騒ぎ方が、ひとかたならないと思いましたよ」
「よ
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