たのであった。
吾吉のたのみを受けたので、ソノ子を訪ねると、弟妹は学校へ行ったあと、男靴が一足あって、誰か押入れへ隠れた様子である。
「これよ。出て来なさい。まんざら鼠ではないようだ。隠れることはない。人が隠れてきいていては、思うように話もできない。オヤジがお尻をヒッパタいて悶死したからには、男が遊びに来て泊っていても不思議はないさ」
ソノ子はうつむいている。和尚が立ち上って押入れをあけると、若い男がちぢこまって坐って、これも、うなだれている。観念して、這いだしてきた。
「ま、そこへ坐っていなさい。色ごとの邪魔をして、相済まんことじゃ」
和尚はトンチャクしなかった。
「実はな、漬物屋の倅《せがれ》にたのまれてきたが、あれはお前にゾッコン惚れているそうだ。お前がよければ結婚したいと云っているが、そちらの都合はどうだね」
「こちらは、都合がわるい」
「イヤにハッキリ物を言う子だね。お前さんは不都合かい」
「私もお父さんにお尻をヒッパタかれて、そのせいでお父さんが寿命をちゞめたからには、意地でもパンパンで一生を通さなければなりません。通してみせます」
「これは、ちかごろ、勇ましいことをきいたものだ。武士は額の傷を恥じる。支那で面子《メンツ》というな。顔が立つ立たないとは昔からきいているが、当世の女流はお尻で顔を立てるのかい」
「そんなことは知りませんが、弟や妹を養って行かなければなりませんから、ショーバイはやめられません。まして御近所の人たちはパンスケ、パンスケって、人の顔をジロジロ睨むんですから、こんな意地の悪い人たちのところへお嫁入りなんてできません」
「それは、もっともだ。しかし、吾吉と結婚したくないのは、吾吉がキライのせいではなくて、お前さんの意地のせいだね」
「いゝえ。吾吉もキライですよ。好きならタダでも遊んでやります。キライだから、お小遣いだの買い物だのとセビッてやったんじゃありませんか。あの人ッたら、お前に三十万もつぎこんだんだから結婚しておくれ、なんて、イヤな言い方ッたら、ありゃしないわ」
「なるほど。一々、もっともだ。漬物屋へお嫁に行っても、お前さんたち家族は不幸せになるばかりだし、先方も大いに不幸せになることだろう。万事拙僧が見とゞけたから、パンパンに精をいれてはげむがよい」
和尚は立ち帰って吾吉に引導をわたした。
「畜生。あのアマ、そんなことをぬかしたんですか。カンベンならねえ」
「ダメだよ。血相かえてみたって、話がまとまるワケはない。あの子はヒッパタかれたお尻に意地を立てゝいるんだから、お前なんかと心得が違う。いさぎよく諦めなさい」
「エッヘッヘ。私もムリなことはキライなんですが、どうも、怪《け》しからんことになりやがったもんですよ。あん畜生め。叩ッ斬ってキザンでやらなくとも、せめて坊主にしてやりてえ」
大変恨みを結んだ様子。和尚も心配して、ソノ子に会って、吾吉の様子がこれこれだから用心したがよい、と教えてやると、
「えゝ、ありがとう。私これから出張する男の人に三週間ばかり旅行に連れて行ってもらいますから、ちょうど、よいわ。三週間もすぎるうちには、たいがい、あの人の気持も落付くでしょう。自分勝手ばかり言うから、あんな男はキライですよ」
と、弟に留守中のお金を渡して、そのまゝどこかへ消えてしまった。
仏家に行雲流水という言葉があるが、ソノ子の如きは、まさしく雲水の境地を体得したものだろうと和尚は感心した。概ね雲水などというものは、至極わりきれない精神や、肉体を袈裟につゝんで諸方をハイカイするにすぎないようなものであるが、ソノ子の場合はそのような不明快なものではない。すべてはハッキリとわりきれており、要するに、お尻というものが天下を行雲流水しているだけのことである。まことに明快と云わねばならぬ。いかなる祖師も一喝をくらわせる隙がないようであった。
ソノ子はまだ十八。普通なら、まだ女学生にすぎない発育途上の小娘であった。その姿態にはまだ未成熟なものが多く翳を残しており、お乳とお尻がにわかにムッチリと精気をこめて張りかゞやいているようであった。
あのお尻が行雲流水していやがるか、と、和尚もいさゝか妬たましく感じる。いゝ年をして、とても一喝どころの段ではない。和尚の方が三十棒をくらう必要があるのである。
「当世は、久米の仙人などはショッチュウ目玉をまわしていなきゃならないのさ。オレだから、ガンバッていられるようなものだ」
と、和尚はわずかに慰めるのである。
ところが三四日して吾吉が行方をくらました。会社の金を五十万円ひきだして逃げたことがわかったのである。調べてみると、それ以前にも五十万ほど使いこんでいることが分った。それをソノ子につぎこんでいたわけである。
「まったく、和尚さん、呆れかえった唐変
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング