て、又五郎が赤鬼の顔、ジリジリとすすむと、数馬がジタリジタリ油汗をしたたらせる、そういうことなのである。
六十二級の観戦記が同じことしか分らない。心眼の復讐などと大きなことを云いながら、又五郎がジリジリすすむ数馬がジタリジタリ油汗、それぐらいしか書けないので、心眼が泣くのである。しかし、いくら泣いたって、それしか書けない。
観戦屋の絶望。そんな風に言ってみるのも悪くはないが、私は絶望なんてことはしない。しかし、なんとなく、観戦屋がイヤになった。もうタクサンだゾと叫んだのである。
そこで今年は巷談屋を開業した。
よろず勝負ごとだけが人間の見物するものと限ったわけではないのである。暗黒街でもエロショオでも泥棒でも心中でも見物することができる。
第一、伊東のような田舎に閉じこもって、面会謝絶、風流三昧とはいかないが、なんとなく精神の善美結構などつくしたような閉舎にふけっていると、てんで世間がわからなくなる。たまには上京もすべきであるが、汽車にのって新橋へついて酒をのんで酔っぱらって帰ってくるだけでは都の風も身にしみない。
そこで雑誌社の世話で、まず東京へつくと、自動車が待ちかまえ
前へ
次へ
全24ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング