り、アイツはウルサイぞ、ということになっているのである。
 そんなわけで、共産党文学青年の総反撃をうけるまでは、私の巷談は坦々と物静かな道を歩いていたのであった。
 私を「巷談師」とよんだのは、冒頭に録した一共産党青年のハガキで、私自身の命名ではない。私はしかしこの呼称を愛している。なんとなく私にふさわしいような気持だからである。
 今年は巷談師であるが、去年までは観戦屋であった。
 観戦屋というのは、よろず勝負ごとを見物して、観戦記をかく商売である。これに似たのに、覆面子とか北斗星とかノレンの古い老練家がいるが、彼らは私とちがって、ダテや酔狂(ヤジウマ根性ということ)で観戦記をかいているわけではなく、腕に覚えの特技によって心眼するどく秘奥を説く人々である。観戦士というべし。私のは、ハッキリ、観戦屋。
 私は腕に覚えがない。だから、よろず勝負ごと、顧客のもとめに応じて好みのものを観戦する。将棋名人戦、本因坊戦、スポーツ万端、よろず、やる。
 私は将棋の駒の動き方を知ってるだけだ。いつか読んだ将棋雑誌の某八段の説によると、こういうのを六十二級というのだそうだ。唯識《ユイシキ》三年|倶舎《
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