それを作らせ、意志させた私の絶望と、その脱出へのかすかな希願が、まことに絶望を埋める私の真実の墓たり得たので、私は尚、私の卑小な絶望に、それを真実封じうるまことの墓を今日も尚、作り得てゐない。
「吹雪物語」は、ただ墓の影であり、その墓は名ばかり、真実屍を土中に埋めてゐない。空虚な、カラの墓であつた。
 私が、ここに、かかる虚しい墓、インチキな墓碑銘を敢て怖れげもなく再版する度胸をもつに至つたのは、ともかく、過去のインチキな悪戦苦闘が今日の私に至るカケガヘのない道であつたことは確かであり、私が今日の私を敢て怖れず世に問ふ限り、過去の私を世に問ふことを怖れるべきでないことを信じ得るやうになつたからだ。
 私の過去の作品はすべて幼稚で、インチキで、惨たるものだ。嘘いつはり、心にもない虚勢、見栄、絶望。しかし、今日の私に至るともかく愚か者は愚か者なりの精一杯の悪戦苦闘がそこに在ることを、私は切なく、懐かしむ。思へば愚か千万な私であり、人が一里の道を私は十里に二十里に、曲りくねり、ぬかるみ、山路、川を泳ぎ、あへぎつづけてきたやうなものだ。
 そして私の現身は、今尚、更に別な風に、廻り道をしたり、
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