、私のインチキな現身《うつしみ》、イノチに絶望してゐた。私は私のイノチよりも、むしろ七百枚の小説を信頼した。なぜなら、どんな嘘つパチな見栄坊の小説でも、ともかく、私のインチキな現身のギリギリな何かではあつたことを知つてゐたからだ。インチキなるものが、ギリギリにインチキをやり、馬脚を現してゐるだけなのだから。
 そして無為に臍《ほぞ》をかむ一ヶ年、私は遂に意を決した。
 私は間違つてゐたのではない。私は始めの目的通り、私の過去に一つの墓をつくつたのだ。インチキなるものが、インチキなる墓をつくつただけではないか。私はさう諦めることによつて、ともかく、生きる力を得た。私は諦めることによつて絶望をやめ、そして、再生に向かつたのだ。インチキ自体をもつて墓標をかたどることによつて、私は裁かれ、いくらかでもインチキでないやうに、出発しなければならないのだと信じたのだ。信じようとしたのである。
 そして、一週間ばかり手を入れて、昭和十三年、夏の始めに上京して出版屋に原稿を渡したのだが、それから九年、私はこの小説の悪夢にうなされたものだつた。私がいくらかでもこの小説の悪夢をすて得て、今、ここに再版を怖れ
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