を埋没させて墓をつくる仕事をし、そして、そこから生れ変つて来ようといふ切なる念願をいだいてゐた。

          ★

 だが、かかる念願をもつて書きだした私も、架空な女を相手にして(架空でもない、多少の手がかりはある女だが)ゐるうちはまだ良かつた。やがて、あの人らしきものが現れてはもうだめ、私の観念は混乱分裂、四苦八苦、即ちロマンと称し、物語的展開とか、発展と称する手法の自在性を悪用して徒らに、自我を裏切り、裏切りながらシッポをだし、私の夢と私の現実といふものは、あそこでは、ただ、各々嘘をつき、自分をだまさうとし、心にもなく見栄をはり、空虚醜怪な術策、手レン手クダのあげくにシッポをだす、といふのが、つまりは、この気取り、思ひあがつた小説の性格をなすに至つてしまつた。
 私は絶望し、泣いた。この小説は昭和十二年の五月には、すでに七百枚書きあげられてゐた。七百枚の小説は私の机上にのつてゐたから、私は、その机の方を見ることすら、できない。全くなのだ。ふと目が行くと、慌てて目をそらし、そしらぬ顔をするといふテイタラクで、さういふ時、窓へ目をそらし、窓から見た京都の山々のクッキリと目にし
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