殆んど酔を表はさなかつたが、時たま思ひ出したやうに、ひどく器用に居酒屋の女中を揶揄《からか》つたりした。それがその瞬間には板についてゐて、驚くと、度胆を抜かれた瞬間には、もうもとの妙に取り澄してゐる彼の風貌が、それはそれなりに龍然そのものであつた。凡太はむやみに面白くなつて、慎みを忘れて泥酔してしまつた。居酒屋の女中は酔つた凡太をとらへて、しきりに婬をすすめるのであつた。挨拶に出て来た年老いた内儀もそれへ雑つて、
「和尚さんはいい人がおありですからおすすめはしませんが、客人はぜひ今夜はこちらへお宿りなさい」
なぞと、あたりまへの挨拶のやうに述べるのであつた。
「来るさうさうから余り立派な記念でもないから、今夜だけは寺でねる方がいいさ」
龍然は洒脱な物腰で、彼のためにそんな断りを述べた。女達のさわがしい二の句を一つ残さず断ち切つて、巧みに話題をそらしてしまふ程それは苦労人らしい物腰で、女達は「和尚さんの意地わる……」なぞと言ひながら、龍然の口ぶりを面白がつて笑ひ崩れてしまつた。二人は賑やかな見送りを受けて居酒屋を立ち去つたのだ。それは実際賑やかな見送りと言ふべきであつた。なぜならば、
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