を胎内に感じ当てることが出来なくて、汗ばかりべとべとと、まるで身体全体が滴れてゆく粘液自体であるやうに思はれ、仰ぐと、たまらない明るさばかりがカンカン張り詰めてゐて、眩暈《めまい》がくるくる舞ひ落ちながら、逞しい空虚と太々とした山の心が一度にぐつと暗闇の幕を開く。山一面に蝉の音がぢいーと冴えて、世界中がただそれだけであるやうに感じられてしまふ。流れ込む汗を喰べながら、一種の泥酔状態に落ちて、其処へらの岩陰にへたへたと崩れたならもうそれなりにどうなつても構はない、自分の身体を人の物程も責任を持つ気がなくて、やりきれない自暴自棄で明るい空を仰ぐと、自分といふ一個の存在がみぢめで懐しくて堪らないのだ。
山路へかかつてもの[#「もの」に傍点]の一里と行かぬ頃から、凡太は已にそんな泥酔状態に落ちてゐたが、不健康な色をした龍然は、しかし馴れてゐると見えて、初めからたどたどしい足取りのまま乱れを見せないのであつた。連《つれ》のあることをもはや忘れつくしてゐるもののやうに、沈黙を載せてぽくぽく辿つてゐた。実際、あれだけの長い距離《みちのり》の間に、二人の人間がお互の存在に意識を持ち合つたのは、谷川へ
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