》れた十人ばかりの人々と屋根もないプラットフオムに取り残されてみると、思ひがけない龍然の姿が出迎へに出てゐた。彼は草鞋を履き、裃《かみしも》のやうな古めかしい背広服に顔色の悪い丸顔を載せて、零れた人々を一人づつ甜《な》めるやうな格巧をしながら、よろよろと彼を探し廻つてゐた。やがて龍然は彼を認めて、五六間離れたところから片手にぶら下げた何か細長い物をクルクル振り廻しながら、ぼつぼつと歩み寄つてきて「いやあ――」と言つた。此の並はなれてあけ放しな至極あたりまへな物腰が、凡太を全く喫驚《びっくり》させたのであつた。そしてその時から、彼はもはや予想して来た重さとはまるで違つた何とはなしに親密な気持へ、自然に転化させられてしまつてゐた。龍然が片手にクルクル振り廻してゐたものは、も一つの草鞋であつた。彼はそれを凡太に履かせて、二人は其処から十里ばかりの山路を歩くのである。
 人の気配のさらに無い山路に尨大な孤独を噛みしめながら、谷風に送られて縹渺《ひょうびょう》と喘ぐことを、凡太はむしろ好んでゐた。それは苦しいには違ひない、疲労困憊の挙句、えねるぎい[#「えねるぎい」に傍点]といふものを硬質のもの
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