ないのであらう、刑事もつくづく度胆を抜かれてやうやくに龍然を宥めすかし、飛んだ疑ひをかけて相済まない、今となつては青天白日で貴僧の名誉に傷はつけないから――と詫びながら舞ふやうにして退却した。凡太もほつと安堵して玄関へ龍然を迎へに行くと、龍然はもう、どこを風が吹くのかといふやうに、いつもの通りあつけらかんと残骸のやうなしよんぼり[#「しよんぼり」に傍点]した顔をして戻つて来るところだつた。凡太が歩み寄つて龍然の肩をたたくと、別にそれに報ひやうとする顔付もせず、二人肩を並べて黙々と書院へ歩き出したが、敷居を股ぐ時、龍然は鼻を鴨居へ押しつけるばかりにして、あはあはあは……と笑ひ出した。凡太はすつかり毒気を抜かれて、今のは芝居だつたのかい、と訊いてみるのも莫迦らしい程がつかりした気落ちがしたので、いささか胆の白くなる驚嘆を味はひながら、一体この坊主は莫迦なのか悧巧なのか手に負へない怪物だと考へた。
 其の後、もう来ないのかと思つてゐた女は、相変らず毎夜龍然を訪れて来た。どういふ変化があるだらうと聴耳をたててゐても、別に変つたこともない、離れにぢつと瞑目して机に凭れて頬杖をついてゐると、すぐ目
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