の先にある小さな古沼、それを越してすぐさま丘の上にある墓地、その又上にひつそりとしてゐる山の腹、都合三段の静寂な気配がそれぞれのニュアンスを持つて、もうすつかり闌けてしまつた初秋の香りを運んだ。なぜだか、身体がやはり一つの気配となつて朦朧とさまよつてゐるやうな、爽やかではあるが一種ぢつとりと落ちついた重い侘びしさが、物体に障碍されることなく一面に流れ漂ふてゐた。いはば、まるで現実とは別種な感覚の世界を創造するもののやうに、目を瞑ると、甘い哀愁の世界がひろびろと窓を開いて通じてゐた。それは「無」――実際は、無といふにはあまりにも一色《ひといろ》の「心」に満ちた、蕭条とした路であつた。それは事実、路といふ感じがした。
由良とも友達になつてゐるのだから、二人打ち連れて遊びにおしかけて来はしないかと、凡太はそれとなく待ち構えてゐたが、別に来るやうなこともない、龍然はあの夜のことを知らないのであらうかとある日訊ねてみたところが、ああ、さうさう、さういふ話をきいてゐた、君によろしく伝へてくれと言ふことだつた、いよいよ俺達も別れることに決つてね、なぞと落ついた返事だつた。
「あの女は別に女衒と一緒
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