等係はしかし案外物の分つた男とみえて、田舎なまりの割合に温和な口調で、無論相手が相手のことで物の分らない富豪のことだから、何かの反感で無理に口実をつけたのであらうけれども、その方面には弱い警官のことであるから余儀なく義務上一応お訪ねしただけの話で、決して貴僧に疑ひをかけてゐるわけではないが……などと、くどくど長く述べ立ててゐた。凡太は隣室の唐紙に凭れて息を凝しながら形勢を展望してゐたが、刑事の言葉には裏にも毒がないやうに思はれたので、ほつと安心はしたものの実のところは気抜けがして、虻の羽音のやうな話声をもはやそれ以止注意して聴こうともしなかつた。すると突然大変な物音が隣室に湧き起つたので思はず彼は唐紙から身を離すと、それは丁度発狂した男がその最初の発作に発するであらうやうな激越を極めた金切声で、疑ひもなくそれは龍然の叫喚であつたが、龍然は単に叫喚するばかりではない、恐らくは部屋一面を舞台にして縦横無尽に地団太踏んでゐるものらしい猛烈な物音であつた。聴いてゐると、しかしそれは単なる叫喚ではない、たしかに龍然としては何事か一意専心演説を試みてゐるものに相違ない、それが今迄演説とは気付かなか
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