龍然に述懐してゐたが、時々は興奮して、ひと思ひに左翼へ走つて自分の生命力を爆砕したいなぞと猛り立つたりした、そんな淋しい男だつたさうである。その男は、ほかに親しい友達が無かつたのであらう、死に当つて龍然にも遺書を残してゐた。そこには、長い間の友誼を深謝す、と、ただそれだけの意味のことが数行にわたつて簡単に述べられてあるだけのことであつたが、その遺書は龍然の手に渡る以前に、すでに家族の手によつて開封されてゐた。勿論それだけのことならば、龍然のことであるから立腹する筈はなかつたであらう、不幸にして、この一家が死者に対する待遇は、恰も唾棄すべき不孝者を遇するが如き不潔な冷酷さを漂はしてゐたために、無論それは体面を重んずる豪家として詮方ない次第でもあらうけれど、龍然は友人であるだけ甚だ気に入らなかつた。彼は開封された遺書に対して一向に礼儀を心得ぬ卑劣な言訳をきくと、全く憤慨して、通夜の席上で大いに啖呵を切つてきたさうであつた。
「――実際大きな建物といふ奴は不思議な迫力を持つものでね。僕なんぞもこのガランとした寺にぢつと坐つてゐると、その男と同じやうな漠然とした不安を、やはりしみじみ思ひ当るこ
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