闇であるべき筈の離れには一面にありありと燈りの白さが映えてゐて、流石に凡太の泥酔した神経にもこれはおかしいと思はれたが、しかし見廻すにただ白々と其処に広さがあるばかり、人影はたしかに無い、いや、在つた、机の上に豪然と安坐して、一房のバナナが部屋一杯の蕭条とした明るさを睥睨《へいげい》してゐた。言ふまでもなく由良の仕業に相違あるまい、凡太は堅く腕を組んで、暫くぢつとバナナの不敵な面魂を睨んでゐたが、腕をほぐすとゐざり寄つて、またたくうちに一つ残さず平らげてしまつた。
翌日龍然は車に送られて帰つて来た。日の落ちるまで顔を合はす機会は無かつたが、一風呂浴びて夕膳の卓に向き合ふと、ポツポツ語り出した龍然の話は、山奥に目新しいトピックであつた。龍然の招かれた先の豪家では、彼のかなり親密な友達であつた其処の次男は、急死とは言ひ乍ら、病死ではなくて、実は催眠薬による自殺であつた。県内でも屈指の豪農であつたから、新聞社などはいち早く口止がきいてゐて、龍然に与へられた多額な布施の如きにも、それに対する心持が含まれてゐた。その男は多少は学問もした人で、数年間|欧羅巴《ヨーロッパ》へ遊学して来たりなぞした
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