。凡太は頸をもたげてそれを待ち構えてゐたが、それはしかし人間ではなく、叢《くさむら》の中を何か動く昆虫の類ひであらう、やがて高く頭上に当つて、杉の葉の鈍く揺れる澱んだ風音がした。彼はもつくり起き上つた、そして遂ひに辛酸を重ねて金比羅大明神の境内へ辿りつくと、果せるかな、それも已にひつそりとした闇の一部に還元してゐて見えるものも聴えるものも無かつたが、流石に地肌に劇しい荒れが感ぜられて、ことに円舞の足跡が鮮やかな輪型に描き残されたまましきり[#「しきり」に傍点]に其処にはたはた[#「はたはた」に傍点]揺らめいてゐるやうな、何かなつかしい匂ひが鼻にまつわつた。凡太は暫らく冥目して、素朴な社殿にいくつかの拍手《かしわで》を打ちならしたが、忽然と身を躍らすと目には見えない輪型の中へ跳び込んで、出鱈目千万な踊りを手を振り足を跳ね、泳ぐが如くに活躍して、幾度か身体を地肌へ叩きつけた。凡太はううんううんと痛快な苦悶の声を闇に高く張りあげながら、その場一面に一時間近くのたうち廻つてゐたが、やうやくいささか我に帰つて、再び険阻な坂道を転落しながら橄欖寺の離れへ安着することが出来た。帰着してみると、当然暗
前へ 次へ
全54ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング