して提灯を道の中央へ置き棄てたまま、一目散に逃走を開始した。睡つた街道の路幅一杯を舞台にして鍵々に縫ひ転がりながら、時々立ち止つては一息入れて遂ひに黒谷村の西端れまで来かかると、死んだ四囲の中に、不思議とまだ大勢の人達が路の中央に群れてゐて、それは隣村から踊りに来た若者たちがトラックに満載されて引き上げるところであつた。凡太は狂喜して駈け寄り、「僕も乗せて呉れたまへ」と提議したが、鉢巻姿の若衆は「お主は酔つておいでだから、それはなりませんぜの」と押し止めておいて、臭いガソリンの香を落したまま闇にすつぽり消えてしまつた。凡太は暫く呆然として、消え失せた自動車よりも、突然目の前に転落した闇と孤独にあきれ果てたが、気を取り直し、低く遠く落ちてゆく自動車の響きをも振り棄てて、金比羅大明神の参道をえいえいと登りはぢめた。嶮しい杉並木の坂も中頃で、凡太はつひに足を滑らしてけたたましく数間ばかり転落したが、もう起き上る気持には微塵もならなかつたので、しんしんとして細くかぼそく一条の絹糸程に縮んでゆく肉体を味はひながら、皮膚に伝ふ不思議に静寂な地底の音に耳を傾けてゐると、山の上から人の近づく気配がした
前へ 次へ
全54ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング