感じて女衒の顔をうんと睨みつけたが、女衒は平然としてとんとんとんと二階へ上つてしまつた。「やいやい待て。そして戸外《おもて》へ出ろ。喧嘩をしてやるから――」と、凡太は憤然叫び出したい勃勃たる好戦意識を燃したが、やうやくそれを噛み殺して、一とまづ考へ直した。しからば女中を張つて鞘当をしてやらうかと、無性に癪にさわり出してつまらぬ空想をめぐらしはぢめたが、勿論張りがひのある女ではないから、一晩中女衒と交代に女を抱くとしたならば、蓋し一代の恥辱であると痛感して、憤然居酒屋を立ち去ることに決心した。老婆と女中は驚いて、「旦那が先客でありますぞい、おとまりなさいまし」とすすめたが、決心止みがたいこと磐石の及ばざる面影を見出したので、「又だうぞ」と言ひながら奥から提灯を持ち出してきて無理に凡太に持たせた。家並の深く睡りついた街道にさて零れ落ちて一歩踏みしめてみるに、意外に泥酔が劇しくて殆んど前進にさへ困難を感じる程だつたので、手にした提灯のうるささに到つては救ひを絶叫してわつと泣き出したいばかりだつた。やり切れなくなつて振り向いてみると、幸ひ老婆はまだ戸口に佇んでこちらを見てゐたから、凡太はほつと
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