れて村を出たことがありました。お分りですか? 凡太さん……妾は今も女衒と一緒に寝てきました。あははははは……嘘嘘嘘、一緒に酒をのんできただけ……」
由良は床板に強く支へてゐた両腕をするすると滑らして、横に倒れると一本のだらしない棒となつてねてしまつた。
「女衒は上玉だつて大悦びでしたわ。妾はそれを教へてあげに此処へ来たのです――」
「僕にですか――?」
「さう。誰にだつて教へてやりたいから、あなたにも教へてやりに」
由良は顔を拾ふやうに持ち上げたが、又それを両腕の中へすつぽりと落して、もう拾ひあげやうとはしなかつた。かなり深く酔ひ痴れてゐるのだ。そこで凡太はぢつと腕を拱いて、――実は途方もない別なことを、一心に考へ初めたのであつた。いや、別なことを考へはぢめたと言ふよりは、何も考へない思惟の中絶へ迷ひ込んだと呼ぶ方がむしろこの際又しても正しいのであつた。凡太はこの数年来、常に現前の事実には充分に浸ることが出来なくて、全てが追憶となつてから、その時の幻を描き出してのち、はぢめて微細な情緒や、或ひは場面全体の裏面を流れてゐた漠然たる雰囲気のごときものを、面白く感じ出す不運な習慣に犯され
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