ずい分可愛がつてゐますわ」
「さうですね。そのやうに見えますね。僕は友達といふのは名ばかりで、ろくすつぽ話もしたことがないのですし、同じ寺に寝起きしてゐても二三日顔を合はさずに暮すことさへよくあるくらいですから、あの男に就ては実際のところ何も知つてゐないのです」
「龍然は、でも、あんまり悧巧な男ではありませんわね。冷たくて冷たくて、時々ぼんやり何か考へごとをしてゐてやり切れないのです。妾を可愛がるのもいいけれど、とにかくさういふ気持を自分で反省するとき淋しい自己嫌悪を感じるのは苦痛だから、可愛くても可愛いいというふうに思ふのは厭だ厭だと言ふのですわ。それでゐて気狂ひのやうに劇しく妾を抱くのです。龍然の淋しい気持は妾にも大概分りますけれど、表へ出す冷たさが妾にはあき足らないのです。龍然は莫迦野郎ですわね。龍然はほんとうに莫迦野郎ですから、妾は別れる気持になりました――」
「ははあ……それは今朝のことですか――?」
「いいえ、ずつと昔からですわ。でも、ほんとうに決めたのはたつた今しがたなんですわ。村に女衒が来てゐるのです。三月と盆は女衒の書き入れ時ですから。妾はずつと昔にも一度女衒に連れら
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