堂の丸柱と並んで、大柄な女が一人うつすらと立ちはだかつてゐた。凡太はあまり不思議なことなので……いや、不思議とはいふもののこれは情景の説明ではない、凡太の意識内容の説明であるが、この突瑳《とっさ》の瞬間に、彼はしばらく気抜けのやうな驚愕を味得して、呆然としたままその思惟を一時に中絶してしまつた。元来、これは必ずしも定則ではないけれども、凡太は屡《しばしば》孤独に耽つてゐる折、突然人像の出現に脅やかされるとき、現前に転来した事実とはまるで別な一種不可解な無音無色の世界へ踏み迷ふことがあつた。それは出現した人間の個人の個性とは凡そ無関係なもので、第一その場合その人を多少なりとも認識したものかどうかさへ疑はしい程突瑳な瞬間の出来事であるが、なぜかぎよつとして、ばたばたばた[#「ばたばたばた」に傍点]と転落する気配を感ずるうちに、自分一人の何物かを深く鋭くぢいつと見凝めてしまふのであつた。もはやその時それは一種の夢にちがひない、突然開かれたその門を茫漠と歩いてゐるうちに、凡太は彼の一生に於て、恐らくは最も孤独な、あらゆる因果を超越してただ寂漠と迫まつてくる一つの虚無――、何か永劫に続いてゐる単
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