語つた。凡太はこの話をきいて、あまり面白い話なのでこれはつくり[#「つくり」に傍点]話であらうと直ぐさま思ひついたから、笑ひながらさう龍然に訊ねてみると、彼もあはあはと笑ひながら暫く黙つてゐたが、とにかく蛸に色情を感じたのは坊主らしくて面白いではないか、と照れ隠しのやうな真顔でさう言つた。その言葉は不思議に劇しい実感を含んでゐたので、そのとき凡太は忘れ難い感銘を、深く頭に泌みこませてしまつた。恐らく龍然の女は軟体動物に似た皮膚を持つ肉体美の女であらうと、そのとき凡太は即座にさう決めた。そして彼はこんな好色な話題を交しながら、猥褻とはまるで別な、やるせない一脈の寂寥を龍然の残骸から感ぜずにはゐられなかつたのだ。――そして事実、龍然の女はたしかに肉体実の女であつた。なぜに分るかといへば、この静かな夜本堂に経文をあげてゐたら、凡太はゆくりなく苫屋由良の来訪を受けたからであつた。
「矢車さん矢車さん……」
はぢめはさういふ声を幻聴のやうに凡太はきき流してゐたが、するとすぐ、「ごま化しながらお経をあげてゐますこと」といふ声が、個性を帯びてはつきり背筋に触れてきた。凡太は愕然として振り返ると、本
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