入道を仕入れたので満悦して山門をくぐつた。その夜も賭博があつて、和尚は焦燥を殺してゐたが、夜が白んで一同全く立去つてしまふと大いに満足して庫裏へ出掛けて行つた。さて、がたがたと鳴る重い戸棚をやうやくに開けて、ぼやけた雪洞《ぼんぼり》をふと差し入れて見たところが、棚の片隅にぴつたりと身を寄せて、まるまるとした茹蛸は大変まぢめな顔をして自分の足をもぐもぐ喰べてゐる最中であつた。蛸は真面目であつたから、暫くの後やうやく燈りを受けてゐることに気づいて、ひどく恥ぢらつて赤らみながら顔を背けてむつとしたが、和尚は喫驚《びっくり》してモヂモヂと立ち去ることを忘れてゐたものだから、蛸はぷんと拗て軽蔑を顔に顕はし、食へ、といふやうに一本の見事な足を和尚の鼻先へぬつと突き延した。和尚は大いに狼狽して、そそくさと小腰をかがめ、命ぜられる通りこれを切り取つてうろたへ[#「うろたへ」に傍点]ながら本堂へ戻りついたが、とにかく変てこな気持と共に之をモクモク呑み込んでしまつた。その翌日から和尚は全く発狂して、やたらと女をペロペロ甜《な》めたがり乍ら、間もなく黄泉の客となつた。と、そんな話を一夜龍然はぽつぽつと凡太に
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