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「いつたい、君が大いに啖呵を切つたといふのは、ほんとうの話かね?」
「それはほんとうの話さ。一座の連中をすつかり慄へ上らして来たよ。尤も腹の中では、僕は大いにいたづらな気持だつたがね……」
と、龍然は例の至極あたりまへな顔付に、それでも少し苦笑を浮べて、あああああ……と奇声をたてながら実にだらしなく欠伸《あくび》をした。
ところがその翌日、意外千万な出来事が起つた。事件そのものが甚だ意外であつたばかりでなく、事件の原因をなしたところのものが実に奇想天外――いや、これも亦凡太の意識内に於ける不屈な好奇心の説明であるが、とにかく奇抜千万であつたために、凡太はひどく奇異を感じた。即ち、龍然は通夜の席上で実際憤然として悲憤慷慨の演説を試みたばかりではない、しかも屡々過激な言辞を弄して資本主義ならびにブルヂョアを攻撃したといふのである。勿論それは、相手が県内でも有数な勢力家であるために、針小棒大に誣告《ぶこく》して司直の手を煩はしたことかも知れない。しかしとにかく、厳めしい佩剣《はいけん》の音が翌日山門を潜つたのは事実で、それは村の駐在巡査が一人の高等係を案内して寺を訪れたのであつた。高等係はしかし案外物の分つた男とみえて、田舎なまりの割合に温和な口調で、無論相手が相手のことで物の分らない富豪のことだから、何かの反感で無理に口実をつけたのであらうけれども、その方面には弱い警官のことであるから余儀なく義務上一応お訪ねしただけの話で、決して貴僧に疑ひをかけてゐるわけではないが……などと、くどくど長く述べ立ててゐた。凡太は隣室の唐紙に凭れて息を凝しながら形勢を展望してゐたが、刑事の言葉には裏にも毒がないやうに思はれたので、ほつと安心はしたものの実のところは気抜けがして、虻の羽音のやうな話声をもはやそれ以止注意して聴こうともしなかつた。すると突然大変な物音が隣室に湧き起つたので思はず彼は唐紙から身を離すと、それは丁度発狂した男がその最初の発作に発するであらうやうな激越を極めた金切声で、疑ひもなくそれは龍然の叫喚であつたが、龍然は単に叫喚するばかりではない、恐らくは部屋一面を舞台にして縦横無尽に地団太踏んでゐるものらしい猛烈な物音であつた。聴いてゐると、しかしそれは単なる叫喚ではない、たしかに龍然としては何事か一意専心演説を試みてゐるものに相違ない、それが今迄演説とは気付かなか
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