とが時々あるやうだね。単に建物だとかその暗い壁だとか、そんな物に変にがつちりした存在を感じて敗北を噛みしめるばかりではない、自分が現に存在し、又寺の一隅に坐つてゐることに対して無意味を痛感し、痛感するばかりでなく、そのことがすでに又無意味に思はれる程何かがつかり[#「がつかり」に傍点]した倦怠を感じ、それと一緒に自分の存在がいつぺんに信じられなくなつてくる。それが、自分の心の中でさう思ひ当るばかりでない、自分よりももつと強烈な生命力を持つこの建物の意志の中に、妙にみぢめに比較されてさういふ倦怠の気配を感得するから、実に実にやり切れない心細さに襲はれてしまふ……」
「それはさうだらうね。君の場合には棲む場所が直接この強烈な建築だから、だからつまり建築を対象にしてさう感じてしまふのだらうけど、僕の生活には建築なんぞ大した関係を持たないから、何か漠然とした一つの全体を対象として……」
 凡太は同感してそんなことを言ひかけたが、議論の対象そのものが茫漠として所詮は一生の十字架であり、口に乗せて弄ぶのも無役であると思はれたので、さつさと口を噤んで沈黙してしまつた。それに凡太は、由来自分の虚無思想に対しては甚だ謙虚な心を懐いてゐて、自分はとうてい[#「とうてい」に傍点]虚無に殉ずる底の深遠な実際を味得しうる人物ではない、自分は浅薄な男で、本来楽天主義者でもなければ虚無主義者でもなく、常に何事も突き詰めることを避けるところのいはば一種の気分的人生ファンで、取柄といへばその自分の人生に対して甚だ冷淡そのものであること、それくらいなものであらうとあきらめ[#「あきらめ」に傍点]をつけてゐたから、人生を理論で争ふ意志は毛頭持たなかつたばかりでなく、他人の深い虚無感に対しては、常にこれを深刻なる先輩として、実際まぢめな意味で若干の敬意を払ふことにしてゐた。彼はただ、彼自身の立場としては全てを漠然と感じればそれでよい、それを単に言葉に表はして憂鬱なる一時《ひととき》をさらに憂鬱にすることは退屈以外の何物でもあり得ない――実際それは退屈以外の何物でもなかつたから、その時も彼はいそいで口を噤むと、もはや別の事をぼんやり考へはぢめて、一体全体そもそもこの龍然と呼ぶどんよりとした坊主が、通夜の席上で啖呵を切つたといふ耳よりなゴシップは果して真実であるのか、と、そんなことにひどく興味を持ち出してゐた
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