いから、山を降りて野良の人にきいてみたが、
「そうかい。戸締りがしてあるかい。それでは出かけたのだろうよ」
 という悠々たる御返事であった。
「どこへ行ったかわかりませんか」
「知んねえね」
 誰にきいてもわからない。
「セーターはあきらめて、戻るとしようよ」
 と野村は木戸をうながしたが、彼は考えこんでいるばかりで返事をしない。やがて歩く足もとまってしまった。
「どうしたんだい? 娘の顔の四五桂のつづきを読んでるわけじゃアあるまいね」
 と冷やかすと、意外にも、木戸は真顔でそれに答えて、
「えゝ。それなんです。その四五桂を読んでるのですよ。ボクがとッさに四五桂と読んだのは気のせいではありません。瞬間ですが、ボクはその顔を読み切ったのです。絶対なんです。盤面を読み切った感じ、それですよ。ボクの盤面の四五桂は錯覚でしたが、娘の顔に読み切った四五桂は錯覚ではありません」
「すると娘は将棋の神様かね」
「そういう意味じゃアないんです。将棋とは関係なしにですよ。ですから、あの四五桂が将棋以外の何を意味しているかと考えているのです」
「キミの四五桂に当るものが娘の何に当るかという意味だね」
「そ
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