から、じっくり考えて妙手をあみだし形勢一変して有利となったが、これで若輩を仕止めたように気持がゆるんでしまったのである。夕食後は緩手を連発して自滅し、若輩に名をなさしめてしまったのである。
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「娘の顔に四五桂を見たとたんに絶対だと思ったんです。読み切ったように錯覚しちゃってね。指してから全然考えずにやッちゃったのに気がついた始末ですよ。津雲さんの応手が妙手のわけじゃないんです。読めば気のつく当り前の手だったと思うんですが、あまりダラシない見落しですから津雲さんになめられちゃってね。で、まア、おかげで幸せしたらしいですよ。バカな将棋さしました」
あとで木戸は苦笑してこう野村に語った。しかし、そのとき、野村にはまだ娘の顔に四五桂を見たという言葉の意味がわからなかったのである。
津雲は翌日の早朝に宿を去り、おそくまで残ったのは野村と木戸だけであった。二人はそろって散歩にでた。例の借金を払ってセーターを取り戻すためである。
ところが山上へあがってみると、茶店は戸を閉じている。裏へ廻ってみたが、ここにも戸締りがしてあって、おとなっても返事がない。裏の畑にも人影がな
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