いるように見えた。将棋では、きびしい、という表現をよく用いる。この手がきびしいというように用いるのである。そのきびしさに似ていた。ミジンも隙のないきびしさである。いわば真剣勝負の剣術使いのきびしさのようなものだが、木戸には娘の様子が将棋のコマのように見えた。桂馬に似ていると思ったのである。
 彼がそのとき、次の手に考えていたのは、金と桂と歩であった。金をひいて守りをかためるか、歩をついて様子を見ればおだやかであるが、桂をはねだすと乱戦模様になる。その桂ハネが第一感で、それを予定していたのであったが、敵が指した瞬間に、イヤ、危いぞ、という思いがしていきなりプイと立ち上ってしまったのである。自分では一撃必殺のきびしい桂のつもりであるが、あべこべに自分の命とりになりかねない懸念もあった。しばしの息ぬきに無念無想の道をあるいていたつもりでも、その桂ハネが頭の底にからみついていたのだ。そのせいか、娘の顔が桂に見えた。
 彼と同年ぐらいの娘であった。野良の匂いのプンプンするような色の黒い田舎娘で、どこといって特にきびしさを感じさせて然るべきような要素があるとは見えないのであるが、しかし、とッさに彼
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