とちがって、まったく遠慮を知らないという感じであった。そのずぶとさに呆れたばかりのやさきであるし、腕前だけをたよりに生きている勝負師に腕前のせいでしょうと云われてみると、全然そうに違いないような情けない気持にさせられて、野村はちょッと気をわるくした。しかし木戸はそんなことにも気がつかぬふうで、「橋の向うの山は見晴らしがよさそうだなア。ちょッと行ってみよう」
 こう呟きを残して橋を渡って姿を消してしまったのである。向いの山は百五十メートルぐらいのものだが普通に歩いて二十分ぐらいはかかる道のりだ。木戸はそこへ登りつめた。まさに見晴らしがよい。ふりむけば海が見えるし、向うははるばると原野である。そこに一軒の茶店があった。農業のかたわら土間を茶店にしただけのもので、棚にはほとんど品物もなかったが、空ビンにまじって二三本のサイダーだけがあった。木戸はそれを一本のんだ。のみ終ってから、お金をもたないことに気がついたのである。
「こまったなア。明日もってきますから貸して下さい」
 とたのむと、そのとき娘の様子のきびしさに彼は目をまるくしたのであった。そのきびしさは借金とりのきびしさとは様子がちがって
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