です。ボクはふるさとに住んでるのです。ほら、母親がでてきました。母親は子供が心配なんです。叱りたくなるんですね。で、ボクは叱られないように沈黙しましょう」
 色のまッ黒い母親が二人の一間ほどの距離まで近づいて立ちどまった。野村をジッと見つめているだけで、今日は言葉の丸太ン棒をくりだそうとする様子がない。女占い師の無言の威勢を認めることができた。二十四五の出戻りだという村人の話であったが見たところは二十そこそこの田舎娘の稚さが骨格たくましい全身にただよっているようだ。もっとも面相もただ逞しく、胸にオッパイがもりあがってそれが女らしいというだけで、セメント細工の感じであった。
 長居は無用に見えたので、野村は最後にこうきいた。
「将棋ファンの中にはキミの消息を知りたいと思っている人も少からぬ数だ。と思うが、いつか棋界に復活する気持はあるだろうか」
「それについてお答えするよりも、ボクがこの地に生きながらえていることを忘れていただきたいということがボクの唯一の希望なんですがね」
「その御希望にはそうつもりだが人の心は変りやすいものだから、心変りにも素直に順応したまえ。ふるさとが一ツとは限らな
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