不安がわいたのさ。御達者で何よりだ」
「もう世をすてました。お目にかかっても、何も申上げる言葉がないんですが」
「しかし、四五桂から同棲のコースは、ありうるとは思ったが、意外であったね。文士にとっても、やや意外だね」
「そうですか。ボクにはそれほどのこともないのですが。ボクは盤面の四五桂に錯覚し、次の対局ではペシャンコでしたが、ここの四五桂には錯覚がありませんでした。盤面に見切りをつけるのは当然じゃありませんか。ここに故郷を見出すのも当然なんです。むしろ宿命的ですよ。きわめて素直なコースです」
「しかし、オヤジサンの死は病死だというじゃないか」
「むろん、病死です。しかし、なんしろ、この山上から病人を大八車につんで降すんですから、病人をガンジガラメに車にしばりつけましてね。ガッタンゴットン荒れ放題にひきずり降すんでしょう。ま、手心次第というものですね。闇夜のことだし。病死は絶対なんですがね」
「なるほど。で、怖くないのかね」
「何がですか。人生は怖いものばかりですよ。こゝに限って何が怖いことがあるものですか。素直にかえった人間は子供なんです。彼の目に見えるものは全てが母親のやさしさだけ
前へ
次へ
全29ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング