常によい教訓でした。心を改めて出直します」
 としみ/″\記者に語ったそうで、その一言を残して彼は再び行方不明となった。世間から消え去ってしまったのである。
 野村はそれを一月ほどすぎてきかされた。それからさらに三月ほど後のことである。春の気配が近づいた季節に、仕事の都合で彼は例の温泉に滞在した。
 彼は木戸の行方不明を思いだして、それがこの温泉に関係のあることだとは思わなかったが、すくなくとも初期の行方不明中のある日、彼が一度はこゝへ来ているはずだと考えた。茶店の娘の顔に見た四五桂の謎をとくためにである。勝負師の中でも彼は特に執念の強い方であるし、あの謎によせた彼の執着は一度は彼をこの地に再来せしめるに充分なものだと思われたからである。
 野村はある日の散歩に例の橋を渡って山上へ登ってみた。そして茶店に休息した。茶店は何事もなかったふうに思われた。土間をはいって盤面右下隅の位置にあるという茶店の棚も木戸が語ってきかせたとほぼ同じで、空ビンの代りに新しいサイダーだけが十本ほどあった。そして現れたのも例の娘であった。娘は彼が何者か気づかぬ様子であった。野村はむかし木戸が娘に話しかけたと同
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