トかも知れやしないと先生は判断した。そして、知らないうちに堅く欄干《てすり》へ掛けてゐた手に力を籠めて、グイとやうやく起き上つて深呼吸をした。そして跫音を前よりも一層殺して、どうやら矩形の外側へ出ることが出来たのである。それは実に蕭条とした街路であつた。圧しつけられてゐた胸と頭が急にふやけて、千切れるやうにガンガンと夜空の向うへ膨れあがるやうであつた。お母さん。俺だつても昔は子供であつたと先生は思つた。
 半町もしてホッとした。電車通りへ出て、自動車を拾ふことが出来たのである。
 銀座裏のアパアトへ帰つてくると、成程、今迄は気付かなかつたが、其処にも階段があつて二階の光が矢張りボンヤリ上の方だけ浮かせてゐるのだ。平気な顔をして二階へ昇つてしまつた。
 部屋へ戻つて確かに一層ホッとすることが出来た。まだ幾分混乱が鎮まらなくて忌々しいので、早速ねちまはうと先生は決定した。そして直ぐピヂャマに着代へてベッドへもぐらうとしたら、そしたら――
 そこに変な奴がねてゐるのだ。
 平べつたくて有るか無いか分らないほど痩ポチなのでそれまでは分らなかつたのだ。吃驚《びっくり》して、否応なしに面喰つて、押
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