してみたら手応《てごたえ》なくグラリと動く。逃げようかと思つたが思ひ返して揺さぶりながら、
「起きたまへ、君は……」
「…………」
 先生は泣きたくなつて、いきなりグイと手を差込んでそいつ[#「そいつ」に傍点]の骨ばつた肩を押へ、頸筋へ手を廻して引ずり起さうとしたら、全く棒を掴むやうにアッケなく細々と痩せた頸で、それが又死んだやうに冷たかつた。先生はドキンとして、併しもはや詮方なく怖々とそいつ[#「そいつ」に傍点]の顔を捻ぢ向けてみると、グッタリと眼を閉ぢて、土色の死色をして冷たくなつてゐるのは、ああ、さう、自分――さう、確かに斑猫蕪作先生自身であつた。
 先生は今度こそ本当に逃げようとしたが、打ちのめされたやうに、もう足が動かなかつた。
「助けて……」
 尤も声も出やしなかつた。暫くしてから、腹部に針金のやうに張つてゐた棒みたいのものが漸く少し弛んできたので、引きずるやうな足を曳いて逃げようと焦つてみた。どうにでもして逃げ出したいと焦つたけれど、さういふギゴチない身体のもどかしさと同時に、もうどうすることも出来ないのだといふ絶望が火の玉のやうに胸に籠つて、やがてそのへんの肉が粉のやう
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