みて》を照らしてはゐるが、恐らく先生の背中までは届いてをらぬであらう。そして先生の前方は無論闇の塊りであつた。ただ開け放された入口の矩形を通して、ボウと照らされた路面が矢張り矩形に切り抜かれて見えた。街燈は左の方にあるらしく、鈴懸の影が左から右へ落されてゐた。
すると一人の酔漢が、ヨロヨロして左から右へ通つて行つた。まづその影法師が蹌踉として左から右へ延びて行くと、やがてヨロヨロした本人が三歩くらゐで矩形の中を通り過ぎて行つたのである。すると今度は右の方のかなり離れた光から来るらしい朦朧として細長い影法師が、路面の遠くをサッと一廻りして消えてしまつた。
酔漢の跫音が遠距《とおざ》かるまで、何かヂインとする闇の呼吸が聞えてゐた。ところが跫音が愈聞えなくなつてしまふと、何かしら不安な胸騒ぎがソワソワと何だか後悔のやうに感じられてきた。をかしな厭に侘しい建物へ迷ひ込んで了つたものだ。早速立去らなければなるまい。それにしても、何だか身動きすることにも圧迫を受けるやうな厭な重苦しい建物であると先生は思つた。どうも変テコな工合に気掛りになつたのである。
するとだしぬけに時計の音が――それは確
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