だけをボンヤリ照らし出してゐた。奥の方にその部分の階段だけが浮いて見えたのである。矢張り先刻《さっき》の入口も開いてゐたのだと先生は思つた。そして奇妙に懐しい思ひがしたので、一寸《ちょっと》覗くやうに一足踏み寄つて首を入れて見た。すると――階段。さう、たしかに。目より上に、その部分だけ薄くモヤ/\と照らし出された階段だが、変にシインと物思ひに耽るやうな階段であつた。先生は駆立てられるやうに、なんだか昇つてみたいやうな――寧ろ触つて……いや、兎に角何かしてみたいやうな変な気がした。そして四辺《あたり》へ目をやつて全く人気ないのを知ると、跫音《あしおと》を殺して中へ這入つた。
 先生は一段毎に階段と自分の心と測り合せるやうにして静かに昇つた。石造建築に籠つた冷気が妙に鋭く、併し澱んで液体のやうにヌルヌルと手頸に滑り顔になだれるやうであつた。先生は五六段もして立止り上を窺つてみたが、なんだか恐い気持がしたので、今度は振向いてヂッと佇んだ。耳のところに数字みたいのものが鳴り響いてゐるのである。併し全てが闇と同じくらゐヒッソリすると、先生はその場所へ今度は腰を下した。上から落ちる光は少し上手《か
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