街燈があつて、そこだけの葉を円く照らし、潤んだあかりを落してゐた。折から一台の自動車が走つて来たが、咄嗟に呼び止める意欲も忘れてゐると、自動車も勧誘せずに唸りを残して忽ち小さく消えてしまつた。
暫く歩いて行くと、いきなり道端に沿うて細長く建てられた赤い煉瓦の洋館があつた。かなり大きいのでオフィスかと先づ思つたが、いやいや、之はアパアトであると直ぐ先生は判断を改めた。勿論一つとして燈りの洩れようとしないその建物を見上げ乍ら先生は近づいてきて、いよいよ建物の前に差しかかると不思議に入口が開け放してあつて――おや開け放してあると思つた時には入口の前を通り過ぎてしまつてゐたが、たしかに開け放しであると思つた。ところが建物の中央にある正面入口に来かかつたので今度は良く見ると、それは併《しか》し余りにも堅く閉されてゐて、上に取りつけられた門燈がひどく間の抜けた光を扉の背面へ鈍く滑らせてゐた。
併し愈その建物を通り過ぎようとして其の末端の入口へ差しかかると、それは矢張り確かに開け放しであつた。そのうへ、二階の廊下にあるらしい燈火《あかり》が極く薄く階段の欄干《てすり》を、それも下部は全く闇で上部
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