になるとき、私ははじめて立派なものが書けるのかも知れませんし、生涯さういふことがなくて、ただ不満な一生を終るのかも知れません。
「炉辺夜話集」に収めた五ツの物語は「吹雪物語」の暗さにうんざりしたのち、気楽に書いた短篇をまとめたものです。
けれども、気楽に書いたからとて、それゆゑ値打が低いといふ考へ方は、作者自身、毛頭いだいてをりません。これは、これで、精一杯なものであるし、所詮、文学は、どのやうな虚構を書いても、自分だけしか、書けません。むしろ、これらの短篇は、私の未熟な苦悩には直接ふれず、その表面が一応芸だけで成りたつてゐる関係から、作品としては、一応完成してゐると考へてゐます。
私は、このささやかな物語集が、読者の人生をいくらかでも豊かなものにし、読者のふるさとと、どこかしらでつながりあひ、さうして、あなたの人生のある折に、ある疲れをいくらかでも和げ、さういふときのお友達になることができれば、この上の満足はないと思つてゐます。
[#地から2字上げ]昭和十五年十二月十二日
底本:「坂口安吾全集 03」筑摩書房
1999(平成11)年3月20日初版第1刷発行
底本の親
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